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臨済宗と墓のまめ知識 | 師匠

師匠と二人きりで対面した弟子が見解を提示し、これを師匠が確かめるのです。膨大な仏陀の説かれた教えは、仏陀の仏心から発露したものであるから、もとの仏心を自覚することが肝要な事でなければならないのです。だから坐禅を修道の基本とする禅宗は、仏心を宗旨とし、これに直参するので仏心宗ともいい、禅は仏教の総府と言われる所以なのです。臨済宗の教えは、人間が生まれながらに誰もがそなえている尊厳で純粋な人間性を自ら悟ることによって、仏と寸分も違わぬ人間の尊さを把握することにあるようです。

もちろん禅宗なので坐禅を最も重視するのです。達磨より六伝して大鑑慧能に至って、中国民の実際的民族性と相まって、中国独自の禅が大成するのです。この慧能禅の流れから、曹洞宗、臨済宗など五つの流派が現れる。慧能下六世の臨済は、外に向かう意識を内に向け、何ものの助けをもかりずに、自ら明らかに輝いている根元的人間性を自覚して、その光で相手に照り返すなら、君たちはそのまま仏陀と変わらない存在なのだと説くのです。仏壇の中央にはご本尊として釈迦牟尼仏をまつることが多いが、脇掛は各派で違いがあるのです。

例えば妙心寺派の場合は向かって右に開山の無相大師の絵像を、左には花園法皇の絵像を飾ることが多いのです。この根元的人間性に立脚しているならば、何処にいても、そこが真実の場所となり、たとえ無間地獄に落ちるような罪があっても、そこが解放の大海となると主張するのです。仏教がインドで生まれて、中国に伝わったのは、達磨大師によるものといわれています。そのときに禅の教えが中国に広まったようです。

そして、禅は時代が進むとさらに、五家七宗と呼ばれる、さまざまの宗派に分かれていったのです。唐の時代に生まれた臨済宗もその中の一つとなっているのです。何ものにも執着することのない無住こそ、臨済が自覚をすすめる根元的人間性であって、悟りにすら安住することを臨済はきらう。安住し、執着すれば、そこが束縛となって自由を失うからなのです。臨済宗をはじめた人は臨済義玄というのです。






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