臨済宗と墓のまめ知識 | 時代
その後時代を下り、江戸時代に白隠禅師によって臨済宗が再建されたため、現在の臨済禅は白隠禅ともいわれているのです。中国で臨済宗を開いた臨済義玄を宗祖として仰ぎ、日本に臨済宗を開いた明庵栄西を開祖としているのです。しかし、栄西の系譜は早くに途絶え、その後、中国からの渡来僧を開山とする多くの臨済宗寺院が建立されたのです。現在の臨済宗のほとんどは江戸中期に修行体系を完成した白隠慧鶴の系譜に属しているといわれているのです。
臨済宗は、禅宗五家の一派であり、達磨大師から数えて11代目の祖師である臨済義玄禅師を宗祖と仰ぐ宗派なのです。この臨済禅師の言葉に赤肉団上に一無位の真人あり、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ。とあるのです。臨済宗の宗旨は、私たちに本来備わるこの一無位の真人を自覚し本来の自己に目覚めることなのです。会葬者の方に、自分の宗派の作法を強要する必要はないようですし、逆に会葬する場合には、どの宗派のご葬儀でも、自分のやり方や、自分の宗派の作法でお焼香されるなど、あまりとらわれることなく、お気持ちでされるとよいと思います。
わが国に禅がもたらされたのは、鎌倉から室町時代にかけてなのですが、渡来した禅の流派は46伝・24流あったといわれていますが、この因縁が臨済宗14大本山に分かれた由来なのです。問題の作法ですが、仏教の各宗派でお焼香の回数が異なり、確かに作法に違いがあるのです。葬儀を執り行う喪家の方は、できる限り、自分の宗派の作法を覚えておきたいものなのです。
宗門では、ゴータマ・シッダッタの教えを直接に受け継いだマハーカーシャパから28代目のボーディダルマを得てインドから中国に伝えられた、ということになっているのです。その後、禅宗の最高峰を極めた臨済宗は、宋時代の中国に渡り学んだ栄西らによって、鎌倉時代に日本に伝えられているのです。中国で臨済宗を開いた臨済義玄を宗祖として仰ぎ、日本に臨済宗を開いた明庵栄西を開祖としているのです。
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