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臨済宗と墓のまめ知識 | 弟子

公案とは、主に師と弟子の間の会話で構成され、弟子が悟りを得る瞬間の事実を伝える話が多いのです。仏教は二千五百年前、お釈迦さまによって花開いた教えなのです。その中の禅宗は達磨大師を初祖とし臨済、けい仰、曹洞、雲門、法眼の五家と臨済から派生した楊岐派と黄竜派の七宗なのです。また公案とは論理的、知的な理解を受け付ける事が出来ない、論理を超えた話であり、考えることではなく、公案になり切ることを通してのみ知ることができるのです。これらの公案を弟子を導く手順としてまとめたのが公案体系であり、500から1900の公案により構成されるのです。

日本に伝わったのは鎌倉時代にはじまった臨済宗、曹洞宗、と江戸時代にはじまった黄檗宗の三宗派なのです。公案体系は師の家風によって異なる。中国唐代末の禅僧、臨済義玄が説示した教法と、その実践を臨済禅というのです。禅とは、もともと瞑想を意味する古代インド語を、漢字で音写したものであるが、釈迦牟尼仏陀が坐禅によって自覚した、根元的人間性を意味しているのです。それを仏心とも表現するのですが、この仏心を自覚し、日常生活の中に実践究明してゆくことを禅というのです。

臨済宗の宗祖は、唐の僧 臨済義玄禅師で臨済宗という名称もそこからきているのです。日本臨済宗は栄西禅師を開祖とし禅宗の中でも中国の禅の思想を色濃く伝えているのです。この教法は、仏陀より28伝して、インド僧、菩提達磨によって中国に伝えられるのです。室町時代には武家の帰依を受けた夢窓疎石らによって臨済宗は発展を遂げ、建築や水墨画、文学などの禅文化が花開くのです。当時の中国仏教は、経典の講釈と戒律を実践することが主流であって仏陀の正覚に直参し、安心の眼を開くことに希薄であったようです。

この状況の中で、達磨は、文字言説を仲立ちとせず、仏心を直接相手の心に伝えることを主張し、人がいま起こしている心を直接指摘して、その心こそ他ならぬ仏心であることを標榜したのです。これは、禅の宗旨をよく特徴づけるものなのです。臨済宗の禅は、看話禅と呼ばれ、師匠が公案という問題を出すのです。弟子はこれを頭だけで理論的に考えるのではなく、身体全体で理論を越えたところに答えを見出すのです。そしてこの結果を検証するのが参禅なのです。






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