臨済宗と墓のまめ知識 | 仏教開祖
仏教開祖のお釈迦さまの悟りを引き継いでいる、ということを大切にするからのようです。禅宗はお釈迦さまから二十八代目にあたる菩提達磨によって中国へ伝えられたのです。師匠が肉体を去るときには少なくとも跡継ぎを選んで行くが、跡継ぎは必ずしも悟りを開いているとは限らず、その事は師匠とその弟子だけが知っているのです。達磨から六代目の六祖慧能、さらに慧能から五代目の臨済義玄に法が引き継がれ、中国に臨済宗が開かれたのです。
日本に臨済宗をもたらした明庵栄西や、円爾弁円は中国へ渡ってこの教えの流れを引き継いだようです。さらに、中国から帰化した蘭渓道隆や無学祖元なども日本へ臨済宗を伝えたのです。新しい師匠が悟りを開いていなくとも、悟りを開いていた師匠の時代から数世代の間であれば、世代を越えて弟子が悟りを開くことは可能なため、その様な手段が取られるのです。室町時代には武家の帰依を受けた夢窓疎石らによって臨済宗は発展を遂げ、建築や水墨画、文学などの禅文化が花開くのです。また、大応国師、大燈国師、関山慧玄によって応燈関の法灯と呼ばれる系譜も形成されるようです。
師匠は、ひとりだけではなく複数の師匠を残して行くこともあれば、師匠の判断で跡を嗣ぐ師匠を残さずにその流れが終わることもあるのです。いくつもの支流に分かれ、ある流れは消えて行き、その流れのいくつかが7世紀から現在まで伝わっているのです。江戸時代中期に白隠慧鶴によって現在に直接つながる臨済宗の教義が完成したと言われているのです。一般に禅宗は知識ではなく、悟りを重んじるのです。
禅宗における悟りとは、生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気付くことを言う。このため、唐代の祖師たちは苦闘を重ねながら悟ってきたのです。臨済宗には多くの分派があり、飾りかたに相違があるので詳しくは菩提寺のご住職に相談してみるようにしましょう。仏壇の中央にはご本尊として釈迦牟尼仏をまつることが多いようですが、両脇は各派で違いがあるのです。しかし宋代以降、悟りを得るための多くの技法が考案されてきているのです。
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